2011年09月28日

琴平が誇る伝統工芸のルーツ☆彡〜『山中象堂』@〜


♪い〜い〜な い〜い〜な に〜んげ〜んて い〜い〜な

日本昔話のエンディングと共に
本当にでんぐり返ししていましたー(長音記号2)
ちびりんです手(チョキ)(笑)



昨日紹介した琴平の民話、
『こんぴらさんのだるま』の続き・・・

IMG_3400.JPG

素直に続けると、
「『旭社』ができたくらいから現代まで脈々と受け継がれ、
 『讃岐一刀彫』と呼ばれていますぴかぴか(新しい)


と、なるんですが、実はそこには大きなブランク目どんっ(衝撃)

なんと意外なことに、
明治以前、『讃岐一刀彫』は確立していなかったのですがく〜(落胆した顔)


そのブランクを見事突破し、
現代に讃岐一刀彫を確立する鍵となったのが
コチラのお店exclamation×2

IMG_3398.JPG

讃岐一刀彫『山中象堂』パンチ
初代『山中象堂』さんのお孫さん、
3代目『山中象堂』さんにお話を聞きました耳ダッシュ(走り出すさま)


実は、
明治以前のお土産はうどんや飴といった
食べ物が主流で、工芸品がなかったそう目exclamation×2

そこで立ち上がったのが、
初代『山中象堂』さんをはじめとする、
工業徒弟学校の初代卒業生たちパンチ

現在で言うところの
工業高校のような感じで、
学科は「彫りもの」「ひきもの(陶芸)」
場所は今の『海の科学館』のあたりかわいい

琴平に伝統工芸をexclamationと試行錯誤したすえ、
生まれたのが『讃岐一刀彫』ぴかぴか(新しい)

だから思ったよりも若い工芸品グッド(上向き矢印)
短い期間でこんなにも定着するお土産を開発するとは、
徒弟学校恐るべしがく〜(落胆した顔)exclamation×2

さだかではないけれど、
もしかすると『こんぴらさんのだるま』の話を知っていて、
そこから思いついていたとしてもおかしくないとのことるんるん

いや〜〜どちらにしても、
本当にありがとうexclamation徒弟学校、初代卒業生もうやだ〜(悲しい顔)
危うく讃岐一刀彫が生まれないところでしたexclamation×2


『山中象堂』Aにて、
讃岐一刀彫の特徴『山中象堂』の一刀彫に迫りますハートたち(複数ハート)

IMG_1603 リサイズ.JPG

お楽しみにわーい(嬉しい顔)ひらめき



posted by ことひらどれじゃー at 23:30| Comment(0) | → 琴平町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。