2012年03月11日

こんぴらさん縁の灯籠!
太助灯籠



どうも、モコです手(パー)

江戸時代に一大ブームを
巻き起こした
こんぴらさんへの参拝かわいい

全国各地から
この香川県へ人々がやってきましたるんるん
その時は橋もないので
船でみんな来てたんだよね船

その船が着くのが
丸亀港だったのです手(チョキ)
そこには大きな目印として
太助灯籠exclamation×2

120311_02.jpg

青銅製で
高さ5.28mもあるんですexclamation×2

丸亀にもともとあった港が
あまり大きくなかったため
こんぴら参拝のお客さんで
船が多く行き来するのに手狭に・・・あせあせ(飛び散る汗)
港を埋め立てて、
新しい港を作ることにしたのです耳

でも、港を作るには
とってもたくさんのお金がかかるんだよねふらふら
そこで、今も残っている
船着き場「新堀湛甫(しんぼりたんぽ)」に
江戸に住んでいた人々(千人講)が
お金を出し合って
作ってくれたのですぴかぴか(新しい)

120311_03.jpg

120311_01.jpg

その時、
港を作りたいexclamation
こんぴらさんにも行きたいexclamation
そのために目印になる灯籠も作りたいexclamation×2
そんな想いから
この燈籠が作られたんですってぴかぴか(新しい)

寄付金を出した人の中で
一番多くお金を出してくれた
「塩原太助」の名前にちなんで
「太助灯籠」と呼ばれるようになりました手(パー)

この塩原太助さんって
五代続いた名前だそうですが
その二代目と寄付金の話をしていたそうかわいい
で、寄付金をもらいに行くと
二代目は亡くなっていて
三代目に相談がく〜(落胆した顔)
三代目が・・・
「え?お父さんがそんな約束したって?」
ということで仕方なく
三代目がお金を出したんだってもうやだ〜(悲しい顔)
そんな大金は持ってなかったため
年賦にして払って
とっても苦労したんだってたらーっ(汗)

でも、すごいよね
ちゃんと約束を守ってくれたんだからるんるん
この港や灯籠ができたんだもんねかわいい

こんぴら参りには欠かせない
灯籠なんだから
みんな感謝しただろうねexclamation×2

この灯籠の横には
瀬山登の銅像が静かに座っているexclamation

120311_04.jpg

太助灯籠が江戸で作られて
丸亀まで送っていたんだけど
幕府勘定方を接待しなければいけなくて
当時、丸亀藩江戸屋敷には
お酒が飲める担当者がいなかったそうで
瀬山登が一人で引き受けてたんだってパンチ

そして彼は
江戸屋敷の隣にある九州中津藩から
“うちわ”の作り方を教わってたんだってexclamation×2
習った竹うちわに、松脂(まつやに)を塗って
涼しげな“硝子団扇(がらすうちわ)”を開発して
こんぴら参りに来る客に売って
幕末には丸亀は
全国一の団扇の生産地になったって話ぴかぴか(新しい)
この瀬山登さんの功績も大きいよね手(パー)

ま、この成功は
やっぱりこんぴら参りに目をつけたって
ことなんじゃないかなわーい(嬉しい顔)



〔太助燈籠〕
丸亀市西平山町新堀湛甫入口



posted by こんぴら観光案内所 at 22:39| Comment(0) | → 琴平町周辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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