2012年03月12日

ここも日柳燕石のお家だった!?
興泉寺



どうも、モコです手(パー)

商店街をぬけて
JRの踏切を渡ったすぐの
四辻の角に
静かに佇むお寺があります目
ここが
興泉寺exclamation

120312_01.jpg

この角にこんなものが建っていました目

120312_03.jpg

「呑象楼の跡」

え??
呑象楼?
これって榎井にある
日柳燕石の家のことじゃんどんっ(衝撃)

で、調べてみました手(パー)

燕石が一時期住まいとして
使用していたんだってexclamation×2
そして、興泉寺の住職が
隠居部屋として使っていたそうひらめき

だったら、納得手(チョキ)

じゃあ
日柳燕石に縁のものが
あるんじゃない?

ありました目

これ何か分かる?
燕石の幼名が刻まれた
井戸枠なんですひらめき

120312_04.jpg

日柳燕石の本名は
政章(まさあき)っていうんだってひらめき
意外と普通だよねわーい(嬉しい顔)

1853年に呑象楼へ移り住んで
約12年間ここに住んだんだってexclamation×2
それで、当時、親交のあった
この興泉寺の13代目住職である
廊榮(かくえい)さんに
この井戸枠を贈ったんじゃないか・・・ー(長音記号1)
って言われてるらしいよ手(パー)

この井戸枠の左側に
刻名されているんだ目

このお寺
もともと別の場所にあったみたいだけど
元禄元年の大火で焼けた後
この場所に移転されたみたいあせあせ(飛び散る汗)
で、
明治6年には西讃竹槍騒動で
焼き討ちにあって
鐘楼と経庫だけに・・・がく〜(落胆した顔)
その時に残った鐘楼がこれ
生駒正俊建立って書かれていますよ手(パー)

120312_05.jpg

結構大変な目にあってるお寺だけど
歴史的に大事なものが
しっかり残っているんだから
良かったよね〜〜わーい(嬉しい顔)



〔興泉寺〕
仲多度郡琴平町榎井789



posted by こんぴら観光案内所 at 22:58| Comment(0) | → 琴平町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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