2012年03月18日

教えて!こんぴらさん<12>
「賢木門と書いて“サカキモン”」



こんぴらさんは、
ただ785段の石段をわき目も振らず
登ればいいってもんじゃないんですexclamation×2
ご本宮に着くまでには
数百年前の名残を残す建物や石碑が
あちこちにあるんですよるんるん
その中の一つが、
642段目辺りにある賢木門(さかきもん)
この門は、何層にも渡るヒノキの皮で作られた
とっても美しい屋根を持つ優雅な門なんですぴかぴか(新しい)
実は、この賢木門、
戦国時代の土佐の大名・長宗我部元親の身におきた
不思議な出来事がきっかけで
奉納されたらしいとの噂を聞きつけました耳
一体何があったの?
金刀比羅宮の河村さんに聞いてみました手(パー)


icon01.jpg
Q.長宗我部元親が奉納した門があるそうですが?

<河村さん>
賢木門とかいて、
“サカキモン”という門があります。
これは、戦国時代に四国地方を治めていた
大名・長宗我部元親が、
讃岐を侵攻するときに、
金毘羅大権現を焼き討ちにしようとし、
隣の山に陣取ったとき、
お山の草木が全て敵兵に見え、
狂乱したそうです。
そんな精神的錯覚を起こすようなことがあって、
長宗我部元親は、
神様が怒っているのではないかと考えました。
そこで急遽、二天門を奉納しました。
その時、あまりにも急いで建てたために、
一本だけ柱が本末逆さまになり、
そのまま最後まで造られたということで
逆木門(サカキモン)」
と呼ばれることになりました。
当時は、逆木と書いて「サカキ」としていましたが、
字体からしてあまり縁起がよくないので、
今の書き方となりました。

10_01.jpg

長宗我部元親は、
琴平山の草木が全て敵兵に見えて、
狂乱したんだねひらめき
でも、柱が逆さになってるのにも
気づかないくらい急いでたってことは、
よっぽど怖かったんだねわーい(嬉しい顔)


icon01.jpg
Q.その当時の柱っていうのは、今もあるんですか?

<河村さん>
はい。
今は、宝物館の1階に、
長宗我部元親が奉納した
賢木門の一本がございます。
ぜひ、ご覧ください。

10_02.jpg

兵をおこして戦い三昧、
そして、神社や仏閣を焼き払ってきた
長宗我部元親パンチ
彼が見たという幻覚は、
金毘羅さんが見せたのかどうかは
分からないけど、
慌てて奉納した門は、
実在しますよexclamation×2
当時の柱は、現在、
400段辺りから右に入る
宝物館に保存されていますよ手(パー)



posted by こんぴら観光案内所 at 23:11| Comment(0) | ●教えて!こんぴらさん(金刀比羅宮あれこれ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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