2014年07月23日

海の神様こんぴらさん @日本水難救助会


梅雨も明け いよいよ夏本番晴れ
マリンスポーツ、海水浴、釣りと
海にレジャーに出かける機会も増えてきます。

楽しく遊ぶために一番大切な事は…
『安全』です。

「海の守護神」として
絶大なる信仰を受けている金刀比羅宮では、
毎朝のお祭りで奏上する祝詞の中にも、
海に携わる人の安全を重ねて祈願しています。

785段目、ご本宮のエリアにある「絵馬殿」には、
海の安全に関する奉納品が多数寄せられています。
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目ここでこんな浮き輪を見つけました。
海絵馬08.jpg


浮き輪には『日本水難救済会』の文字

ひらめき『日本水難救済会』とは…
海の犠牲者ゼロを目指す『海難救助ボランティア団体』です。


ボランティア救助員になっているのは、
漁業、海事産業、マリンレジャー、マリンスポーツなど、
主に海の仕事に携わっている皆さん。

現在、全国に1,298カ所ある救難所を拠点に、
5万4千人のボランティア救助員が
緊急時の海難救助活動にあたっています。
(平成25年3月31日現在)

ホント心強いですぴかぴか(新しい)


実はこの日本水難救済会、
金刀比羅宮の宮司が立ち上げたプロジェクトなんですって!

さすが海の神様こんぴらさんるんるん

ということで

詳しいお話を、
現在日本水難救済会会長を務めていらっしゃる
琴陵泰裕(ことおかやすひろ)禰宜に伺いました。

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カラオケ日本水難救済会を立ち上げたきっかけを教えて下さい。

琴陵禰宜:
今から120年程前に私の5代前になる先祖、
琴陵宥常(ことおかひろつね)の発案で設立されました。

当時から海の護り神であった「こんぴらさん」に仕える神職として
日夜人々の海上安全をお祈りしていた宮司は、文明開化後、
船の往来が激しくなり海難事故が多発していく様を見て、
どうにか海上遭難者を救う策はないものかと模索していました。

そんな時、明治19年10月イギリスの貨物船
「ノルマントン号※」事件が発生したのです。


※『ノルマントン号事件』明治19年にイギリスの貨物船が紀州和歌山沖で座礁沈没した際に起きた紛争事件。イギリス人乗組員は全員脱出して助かったが、乗り合わせた日本人23名全員が水死。背景には幕末に諸外国と結んだ不平等条約がからんでおり大きな国際問題となったが、船長に対する責任は事故の規模からみると極めて軽微で日本国民の感情は大きく傷つけられた。


琴陵禰宜:
この事件を受け、一刻も早い水難救済制度の必要性をさらに強く感じた宮司は当時の農商大臣・黒田清隆
(きよたか)が書いた「欧州視察旅行記録『環游(かんゆう)日記』に書かれていた、ロシアの水難救済会の説明を読み、
「これだっ!」と。

琴陵禰宜:
ウチのご先祖は思い立ったら即行動するタイプでして、
読まれた後アポをとって黒田大臣に会いに行っているんです。笑)


カラオケなんというフットワークの軽さ!


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琴陵禰宜:
ええ、やはり身近に参拝にいらっしゃる漁協関係者の方々を見ているので「なんとかして安全を、、」という思いで果敢に挑まれたのではないでしょうか。

琴陵宥常宮司は『神様のご加護は、人の力の限りを尽くしてこそ得られる』を
信条としていましてその行動力でどんどんご縁を頂いて物事が進んでいきました。

 黒田大臣に会い、水難救済会を立ち上げる賛同を得ると、
当時、日本の海を仕切っていた旧帝国海軍に向かい、次官らと協議を重ね、明治22年「大日本帝国水難救済会」を立ち上げたんです。

開会式は金刀比羅宮で11月3日に行われました。



カラオケ日本の海を守る水難救済会のスタートは、金刀比羅宮だったんですね。


琴陵禰宜:
どんなに技術が進歩しても「板子一枚下は地獄」。安心は出来ません。
今、日本の海で何かあれば、事故現場近くの水難救助ボランティアの方々が海上保安庁と連携をとって救助にあたってくれています。

海上での人命救助は陸上より時間がかかります。
その上人命救助は時間との闘い、一刻も早く現場にかけつけ適切な処置をする
必要があります。海上保安庁が駆けつける前に真っ先に近くの救難所の漁師さん達や
水難救助ボランティアが行く。この連携で海の犠牲者ゼロを目指しているんです。



『神様のご加護は、人の力の限りを尽くしてこそ…』
その思いで水難救助会設立に尽力された琴陵宥常宮司。


宮司の銅像は、金刀比羅宮の大門手前右側にあり、
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静かに海の安全を見守っていらっしゃいます。
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銅像のある敷地内には、昭和初期の全国水難救済所の配置図や
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当時の水難救助の様子がうかがえる絵や模型が展示されています。
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参拝途中に、どうぞお立ち寄り下さいぴかぴか(新しい)
posted by こんぴら観光案内所 at 08:11| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | ●教えて!こんぴらさん(金刀比羅宮あれこれ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月14日

海の神様こんぴらさん @海難絵馬


ども犬

新緑のゴールデンウィークも過ぎ、
風が心地よい今日このごろ…

海の神様こんぴらさんの逸話を少々ご紹介るんるん

785段のご本宮を南へ、
下向道口の先に参拝者が絵馬を奉納する
「絵馬殿(えまどの)」があります。

DSC03155.jpg

合格祈願や健康祈願、海の神様らしく
「船舶の安全祈願」の絵馬がずらりと並んでいる中に

不思議な絵馬がありました。

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これは、
海の事故に遭い助かった人達の実体験を再現した
『海難絵馬』と呼ばれるものです。

海絵馬01.jpg

よく見ると暗い嵐の中、
空の先に見えているのは…
金刀比羅宮の『金の御幣(ごへい)』。。
(絵の左上あたりに雲にお札みたいなのが乗ってるコレサーチ(調べる)

ひらめきえ〜御幣とは…

神祭道具の一つで
ご祈祷の時
神職の方に頭上をササーっと
なでて頂くものであります。

海安全祈願01.jpg
(こんな感じでグッド(上向き矢印)

ぴかぴか(新しい)中でも『金の御幣』は、
金刀比羅宮でご祈祷の際に使われる
こんぴらの大神様の象徴ですぴかぴか(新しい)


実は、こんぴらさんには
『海上で遭難した時、「こんぴらさん」に祈れば
必ず助かる。。という言い伝えがあるんです。


そしてっ

その言い伝えを裏付ける様に
奉納されているほぼすべての「海難絵馬」には
このように
瑞雲(ずいうん)に乗った「金の御幣」が
描かれているのです
exclamation

ほらこれ目

海絵馬05.jpg
(金刀比羅宮所蔵)
右からの風とは逆方向の
左上から光が差し込んでるっ目


うむ…猫


眼鏡…嵐の空からやさしい光に包まれた
「金の御幣」が見えた?

眼鏡…そんなことが眼鏡


あるんですexclamation×2

その証拠が、たくさんの海難絵馬だもの!

海絵馬02.jpg
これも!(金刀比羅宮所蔵)

年代物なので、痛みはあるけど
遭難している人たちが同じ方向を見て拝んでいます。

視線の先にぼんやりと白っぽい影が見えますよね。

金の御幣です手(パー)ぴかぴか(新しい)


こちらは
誤って海に転落した子供を助けている家族の図手(パー)
海絵馬03.jpg

わかりますかな〜目

船の両脇には
こんぴらさんの神の使いと言われている
ドコモポイントカラス天狗が助っ人でやってきているのです!

さらに空にはぴかぴか(新しい)金の御幣が見守っているという、

なんとも絶対安心!夢の様な絵馬!

きっと人々のこんぴらさんへの深い思いが
「金の御幣」
という形になって現れたのではないでしょうか


ぴかぴか(新しい)こんぴらさんのご加護を体験した証『海難絵馬』の一部は
「絵馬殿」に奉納されています。ぴかぴか(新しい)

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posted by こんぴら観光案内所 at 17:22| 香川 | Comment(0) | TrackBack(0) | ●教えて!こんぴらさん(金刀比羅宮あれこれ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

こんぴら番外編・「出世の石段」愛宕神社      @虎ノ門金刀比羅宮エリア


安政7年3月3日、

季節外れの大雪の日。
水戸藩・薩摩藩の脱藩浪士による
大老・井伊直弼襲撃事件が起きました。


のちの〔桜田門外の変〕です。

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この絵は襲撃の日、
浪士達が次々に集まる様子を描いたもの。


絵に描かれた集合場所がこちら手(パー)
愛宕山の山上、愛宕神社(あたごじんじゃ)
です。
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愛宕山は、天然の山では東京23区で一番高い(25.7m)

江戸時代には見晴らしの良い名所で、桜も美しく
山頂から東京湾や房総半島まで見渡せたほどだったとか。

勝海舟西郷隆盛を誘い、
ここから江戸市中を見渡しながら会談、

江戸城を無血開城へと導きました。

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※愛宕山を掘って出来たトンネル。

正面は86段の急な石段で「出世の石段」と呼ばれています。

こんなん

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ひらめき出世の石段の由来は江戸時代

将軍家光公が、愛宕神社の横を通りがかった折
山上に咲いている梅を見て

わーい(嬉しい顔)「おい誰か、あの梅を馬に乗って取って参れ!」

と無茶振り。


えーっと、

ここを馬に乗って駆け上がる・・

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で上から馬に乗って降りてくる・・

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犬まじすか?




…家臣達が下を向く中、

カッパカッパと馬に乗って駆け上がった者がひとりっ目

四国丸亀藩の家臣・曲垣平九郎(まがきへいくろう)じゃ
あーりませんか


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トトトーンるんるん
馬で石段を駆け上がり、梅を取って来た平九郎に

「やるじゃん」と将軍は大喜び。


家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、
その名は一日にして全国にとどろいたそうな。。




…とまあ
こんな話があった事で、ここは「出世の石段」として
成功を願うビジネスマンや
ここで祈願して成功した実業家が
今も参拝に訪れます。
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ぴかぴか(新しい)境内には平九郎が将軍に献上した「梅の木」や
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ぴかぴか(新しい)ご利益を頂いた人が
福のおすそ分けにと奉納した「招き石」
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ぴかぴか(新しい)霊験あらたかな児盤水(小判水)の滝など
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ぴかぴか(新しい)大都会のど真ん中
パワーがみなぎる癒しスポットですぴかぴか(新しい)


ひらめき平九郎の後も、
明治、大正、昭和と猛者達が馬で石段にトライし、
成功させています。

平成の挑戦も企画しているようなのでお楽しみにるんるん


〔愛宕神社〕
東京都港区愛宕1-5-3

posted by こんぴら観光案内所 at 01:05| 香川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●教えて!こんぴらさん(金刀比羅宮あれこれ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする